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1月20日
新宿から山手線に乗った。誰かが誰かに席を譲り、「おばさん2人で前に立っちゃって悪かったわねえ、ありがとうねえ、もうあっちこっち迷ってばかりで疲れちゃってたのよ・・・」という声を背中で聞いていた。おばさまたちはその人に、気を許して喋り続けた。代々木駅で何人かが降りて、私の前の席が空いたので腰をかけた。席を譲った大学生も、おばさまたちの隣に再び座った。彼は紺色のダッフルコートを着ていた。おばさまたちはそろってフワフワした毛糸の帽子を被っていた。
原宿駅を電車が出発する頃、「信じられない!」という女性の声がした。おばさまたちのすぐ隣にある扉に、女性のトランクが挟まってしまっていた。トランクの本体は外部に、ゴロゴロ転がすためのハンドル部分だけが車内にあった。そして、電車はすでに発車していた。車両は1両目か2両目だったので、トランクはホームをほんの少しだけ引きずっただけで空中に浮かんだ。女性は重そうにしゃがみ込み、それでもハンドルを離さなかった。そばにいた何人かが一緒にハンドルを支えた。車内は騒然となり、「車掌ちゃんと見てろよな!」と、私の隣にいた若い女性が声を荒げて言った。あっちでもこっちでもみんなが何か言葉を発した。反対方向の山手線とすれ違うときに、車内からは悲鳴があがったが、何事もなく電車はすれ違った。同じ頃、誰かが非常停止ボタンをおした。「何かありましたか?」と、スピーカーから声がして、若い男性が「トランクが挟まれている人がいます」と焦った声で答えた。すぐに電車は失速して、スピーカーの声は「すぐに対応に向かいます」といい、ボタンを押した男性はトランクを支えるのを手伝いに移動した。今度は車内のアナウンスで「扉にお客様の荷物が挟まれていうことで非常停止ボタンがおされました。対応の間、停止します」とスピーカーの男の声がした。
細い人形のような車掌が、早足で登場して、手に持った鍵のようなもので扉を開け、トランクを引っ張り上げた。車掌は、何も言わずに立ち去ろうとしたが、そういえばというふうに「お怪我はありませんか」は言った。妙にあっさりした対応に、車掌さん、驚きすぎたのかしら、それともよくあることなのかしら、もしくは早く電車を出発させなきゃということなのかしらと推測してみたけれど、まったく想像ができなかった。
電車が走り出し、静かになった車内で、おばさまたちはトランクの女性に話しかけた。「怖かったわね~、でも、何にもなくてよかったわね~」女性は安心して一緒に少し話した。渋谷駅に着いて、ホームには4人の駅員が待っていた。1人が「トランク・・・」とつぶやきながら電車に入ってきて、女性を探したが、女性が妙に平然としているので彼女だと特定できずに、発車する前におりた。恵比寿駅で、おばさまたちが降りて車内はさらに静かになり、その席にトランクの女性が座った。次の駅、目黒で私が降りた。
